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40年前の木星 2011/12/15

 月惑星研究会のIgaさんから古い論文の紹介がありました。
****メールから**********************************************************
http://www.lpl.arizona.edu/SIC/journal/pdfs/189_Larson_CommLPL_1973.pdf
"Color Photography of Jupiter"
S.M. Larson, J.W. Fountain, R.B. Minton
Communications of Lunar and Planetary Laboratory, Vol.10(189), 40 -41
September 1973

この論文は、
アリゾナ大学月惑星研究所(Lunar and Planetary Laboratory,LPL)のCatalina天文台(現在のSteward天文台、アリゾナ州Catalina山、標高2510m)の154cm反射望遠鏡で撮影されたもので、1965-1973年の8観測シーズンに渡る24枚の木星カラー写真です。これらのカラー写真は、 Kodak Ektachrome-EF リバーサルフィルムで撮影されています(懐かし!)。
特に、1971年のSEB攪乱のカラー写真(No.12~18)は感動します。私が高校生で木星観測を始めた年に発生したSEB攪乱でした。攪乱の活動はSEBに留まらずにEZsまで波及して、木星の縞模様とは思えないぐらい激しいものでした(No.16,17,18)。
10cm反射でも明らかに色の違った攪乱の印象が、カラー写真で鮮やかに蘇ってきました。
なお、当時の私のスケッチを天文ガイドの惑星サロン(2004年6月号)に掲載しています。
http://alpo-j.asahikawa-med.ac.jp/publications/TGS/2004-06.htm
******引用終わり********************************************************

 木星観測の感動が伝わってくるメールだったので転載させていただきました。

 私にもよみがえってきました(笑)
 この論文の写真の中で、№12は1971年の南赤道縞攪乱初期活動の暗柱が捉えられているものですが、その1自転後の1971年6月23日23時53分(JST)に私も撮影していたのです。
Kmj1971062314h53mutsebdisturbancee5

 元画像は粒子が粗々なので最大エントロピー処理をしています。

 論文の中の画像を、かってながらコピーさせていただきました。
1971062305h57m36suta

 私の写真はかろうじて写っている程度なんですが、私の宝物の一つです。
その割には、もうネガも行方不明で、残っているのはアルバムに貼り付けたものだけです。
Dsc_5874cp130

 コンポジット法が普及し始めた年なのですが、この時はネガを3~4枚重ねて印画紙に焼きつけて、コントラストを上げることをしていました。
 攪乱が写っているのは残念ながら1枚ネガからです。

 このころ使用していた望遠鏡は20cmのニュートン式経緯台で、鏡から全て自作したものでした。
Dsc_5865p120

 上記の木星像は合成F=125で1秒露出、コダックのトライXを使っています。
 今時の経緯台ですとコンピューターが星を追いかけてくれるのですが、この手動経緯台では全く無理でした。
 そこで当時撮影に使っていたのが、接眼部にカメラの移動装置を取り付け、数秒間だけ日周運動を追いかけるものでした。
Dsc_5866abp72

 大阪日本橋で購入した電動チューナーの部品を使ってカメラをスライドさせました。
カメラはコーワE、レンズシャッター式一眼レフでシャッターだけを残しレンズを取り去ったものを使い、セルフタイマーで撮影するとミラーショックもなくなりユラユラ架台でも撮影することができました。
 この方法で何と4x5フィルムを使った月面カメラを作ったのですが、あまりの大変さにほとんど使わずでした。

 話をSEB攪乱に戻すと、今でこそ情報が直ぐに世界を駆け巡りますが、当時は攪乱のことも良く分からず全体像が把握できたのは何ヶ月も後のことでした。   
 去年2010年のSEB攪乱は、発生直後の白斑から精細に世界中で追跡され、その情報が毎日のように届くと言う、1971年とは大違い、別世界の有様でした。
 時代の進歩は凄いですね。

 以前にもブログで1971年のSEB攪乱スケッチを登場させたのですが、もう一度スケッチも載せておきます。
Kmj19710623drawing81sebdisturbance

 いやはや40年は長いですね。

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コメント

熊森様
1971のSEB攪乱時はまだ木星観測はしていない時で、星の写真を撮り始めたころです。そのころから熊森さんの撮像装置のアイデアがあったのには感服しました。経緯台での惑星撮影は海外でもあったと記憶していますが、日本でも実行された人がいたとはすごいです。
セブでは台風通過でえらく、昨夜から風雨が強まったようです。今日は曇りながら影響はないようです。
木星も夕方には南中近くあがり、仕事がら観測できる時が少ないです。おおむね変化なしと感じています。25日には帰国しますが、きっと日本は寒いでしょうね。
ではまた

投稿: | 2011年12月17日 (土) 07時55分

コメントありがとうございます。
 スライド式撮影装置のアイディアは、いただいたもので私ではありませんが、なんとしても惑星を写したいと言う願望の表れでしょうか。
 木星は夕方になってしまったので、天候や生活事情?などがあってなかなか撮影するタイミングが少なくなってきました。
 ベランダからの制限もまもなく限界になるので、撮影できる回数は残り僅かになりました。
 関東の人が関西にやって来ると温かいと言います。ここのところ関西も寒いですが、関東の方がもっと寒いのではと思います。

投稿: RB星 | 2011年12月17日 (土) 10時04分

1971年・・・。大学を卒業して、教壇に立ち始めたころでした。そのころは天文から離れて登山やスキーに熱中していた時期です。
仕事柄、時々月や木星は見ていたのですが、月惑星研究会からも遠ざかって、こんな事件がおきていたとは知りませんでした。
でも、憧れの20センチ鏡を持っていらっしゃった上に撮影の工夫までされていたのには脱帽です。なるほど、今の熊森さんがあるはずですね。

投稿: mn3192 | 2011年12月17日 (土) 10時05分

mn3192さん ありがとうございます。
 就職する前の最後のあがきのころでしょうか。
 今していることは、このころにできなかったこと、やり残したことを取り返そうとしているだけのような気がしています。
 これからも、あれやこれや楽しみながら続けていきたいと思っています。

投稿: RB星 | 2011年12月17日 (土) 11時32分

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